2008/05/28

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ


5月の一元流鍼灸術勉強会が終わりました。

そのなかで、伴先生から、器の話が出ました。
そこで、思ったことがあったので、一元流のMLに書いた文章を
少し改変してこちらにも載せておきます。

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器の話。

いま、サブコースで読んでいる鍼道秘訣集のなかに、

『「大水の先に流れる栃殻も身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」』

 という和歌が読み込まれています。
(これは、ミクシイの『東洋医学で人を診る』というコミュのほうに出してありますので、興味のある人は読んでね)

瞋恚の心という、鍼道を志す気持ちのありようを説く中に出てくる言葉なのです
この『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』というのは、元歌があり、こ
の部分がよく歌われます。意味としては、命を捨てる、何もかも捨てる覚悟さえあれば、
窮地を脱して物事に成功することができるということで、溺れかかったときに、
あわてふためいて、あがけばあがくほど沈んでしまうけど、捨て身になって流れ
に任せると、やがて浅瀬にたち命が救われることもあるというお話です。

 気虚や虚損病、そして器の問題が出てくる場合、この歌が私の中で浮かんできます。
 
 覚悟をきめて、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある。あれもこれもとしがみつかずに、いったん手放してしまう。
 そしてその全てを手放した中で、目の前に自然と運命のように流れてきた流れにすうっと身を任せれば、
 浮かぶ瀬もあるのではと。
 
器が小さく気虚気味で、おぼれかかっている人が、あれもこれもとしがみつく様。
そのおろかさは、私の中にもあり、どうしても執着したり、しがみついたり。で
も、やっぱりまず手放す。手放して身を任せて、その流れに乗る。

伴先生のおっしゃる話とは少しずれているかもしれませんが、気虚や器の小さい人の生き方のイメージとして、
私には、この『身を捨てて
こそ浮かぶ瀬もあれ』という言葉と、『一点突破』という言葉が、自分自身の問題として
浮かびます。私自身、身体の弱さが原因でこの世界に足を踏み入れていますので、
うなってしまう部分があります。

まあ、それでも、なかなか捨てられないこの身ですが。

勉強会を、スタッフの立場からみていると、この『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』という言葉が
浮かんでしまうことが多々あります。ぐずぐずいわず、とにかく、
弁証論治をやってみて、臨床してみてくださいと。

ごくごく単純に問診表と、主訴に関する時系列の質問事項だけでも、充分弁証論
治を成り立たせることができます。切診は自分が出来るところだけでいいんです。
脈なんて、わからなければ、わからんとすればいいんです。
そんな『今の自分の身の丈の弁証論治』を捨て身になって10本書き上げてみてください。
きっときっと、『浮かぶ瀬もあれ』だと思うのです。

鍼灸の世界に入って、技術が足りない、勉強が足りない。そりゃーそうだと思います。
でも、そんな器の小ささは、『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』です。
一点突破で、とにかくものにしてください。
そんな風に思うのです。

だから、私もそれを実践します。

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2007/09/16

今日は勉強会でした

..今日は勉強会

さて、今日は、一元流鍼灸術の勉強会でした。

私は人に教えるのが大の苦手です(=^_^;=)
だいたい、不親切な人間ですので、わからない人に丁寧に教えるという
態度を持ち合わせていません(;^^。

『私がわかるのに、なんでアンタはわかんないのよおおお~!!!』という
教える立場に立つには本当に不適切な資質しか持ち合わせていません、わははは。

それでも、立場上(って、どんな立場上だあ??)教えなくてはなりません~。

そしてもうひとつ、私は、人を診る時にはあるていどのテンションがあがらないと
見ることができません。つまり、ぴーんと気がたってテンションがあがると、
指などの感覚もあがり『診る』ことができるのです。

これがどーしても勉強会の場ではあがりきりません。
やる気がないわけではないし、見栄っ張りですので(;^^かっこつけにも
テンションをあげたいとは思うのですが、どうもあがりきりません。
まあ、ローテンションの中でどう診るかというのも、ひとつの訓練なので
がんばんべえと思います。

またこの勉強会自体が私にとっては、血肉を鍛える場なので
大事にしています。

さてさて、

以下は勉強会のMLに書いた文章です。
これから鍼灸の世界に入っていく方々に対するメッセージです。
評論家にならずに、実践家としてがんばっていこうよおと思うのですよ。
ひとのやっていることを評論したり、なんだかんだいうのってとても簡単。
でもね、自分で実際にやるのは大変なのですよね。
がんばりましょお(^^)

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  思うに、臨床家としてやっていくには、何かひとつものにしておく必要が
  あるのではないかと。

  この世界に入り始めの方々とお話していると、あっちだこっちだと
  沢山のことを知識としてご存知で驚きます。でも、そんな評論家みたいな
  ことをしていても、なーんも始まらないと思うのですよ。
  とにかく、なんでもいい。そして一元流にご縁があったのならば、
  ここで弁証論治を通じておこなう臨床をものにして欲しいと
  思うのですよ。私もまだまだ勉強、発展途上。がんばんべーと
  思っています。みんなでがんばっていきましょうねえ(*^0^*)

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2007/08/26

弁証論治は『人生を応援するための地図』

弁証論治は『人生を応援するための地図』

先日の勉強会では、私がふたりのモデル患者さんの問診をしました。

また、普段私は治療院で、問診切診など四診をし、弁証論治という方法で、その患者さんの治療の方向性を決めて治療をしていきます。

この弁証論治ってなんでしょう(@_@)??

私は、その方の『人生を応援するための地図』だと思っています。

以下は、勉強会のメンバー向けに書いたものですが、ちょっとアレンジして
こちらにもご紹介しますね(^^)

勉強会では、「自分で自分の弁証論治を書く」ということを課題にしています。
これにより、弁証論治のシステムを理解すること。そして自分自身の養生、そして人生のありようを考えていただけたらと言う趣旨からです。

目の前の患者さんの『人生を応援する』にはどうしたらいいのか?
それを考えるのが弁証論治であり、人生の地図なのです。


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 今回は、お二人の問診を同時にやっていきましたが、お二人の答えるスタンス
もその方の人生のありようを反映していて興味深かったですね。

 養生や、その方への治療のアプローチの仕方を考えるときも、その人のスタン
スを把握しておくのは大事ですね。

 Aさんは、冷静にご自身を把握し、上手にタズナを握っていらっしゃる感じ
ですね。こういう人の場合、問診者がごちゃごちゃいわなくても、問診表にそっ
て話を伺うだけで、すーっとストーリーがきちんと出来上がりますね。くどくど
いう必要もなく、ご本人の生き方に少し寄り添って応援してあげれば充分なので
しょう。自分自身をよくしって、上手に過ごしている方の場合は、ほんの少しの軌道修正、アドバイスで充分その方への応援となります。

 Bさんは、いま出産し、幼児二人をかかえるなどあれこれ人生の忙しい時期でありながら、懸命にご自身の人生を前向きに進もうとなさっていますね。こういった怒涛の時期には、どこにポイントを置いて治療、養生したらいいのかをしっかりと指導して、土台がひっくり返らないようにするためのアドバイスをしっかりしてあげれば、きっとその言葉をかみ締めて時間がかかっても、自分の力にしていってくれるのではないかな
と思いました。今の彼女の日々を大変にしているお子さんたちも、きっと月日が
流れることで彼女の力ともなるでしょう。今の混乱を切り抜けるために一番必要
なポイントを確実に教え込むというのが、治療者側としては必要なことかななん
て思いました。


私は弁証論治は『その人の人生を応援する』ために何が必要かを考える道具立て
だと思っています。大きな地図かな。


そしてその地図にそって、具体的なアプローチが実際の臨床ですね。
鍼灸でのアプローチもあるし、治療者と患者さんとしての対話、関係性のなかで
生まれるアプローチもありますね。

地図(弁証論治)がなければ、その場限りのただ気持ちがいい、愁訴を取り除く
だけの施術となります。地図をどのように生かすかは、治療者の技量であり、患
者さんを丸ごと見て応援して行けたらいいなあと私は常に思っています(*^^)v
がんばりまっしょ。

自分の弁証論治は、自分自身での地図作りです。
人生に役立てるような地図がご自身の手で出来上がるとステキですね(^^)

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2006/12/27

12月のからだ


12月は、お体を拝見したり、お話を伺ったりして、腎気が落ちているなあと感じ
ることが多くあります。

『高温期が短めで生理がきちゃった』
『髪の毛がぬけるんです』
『どうも気持ちが沈んで・・やる気がでないです』
『卵胞の育ちが悪いんです』
『体温が低めです』

などなど。

腎気はこの冬の季節はぐっと引き締まります。
ある程度までは、四季の自然の中で生きている人間として当たり前のことでも
あります。

窓の外の冬の景色は、枝葉が落ち、寒さに耐えるように小さくまとまっています。
春の芽吹きまで、生命をぐっとちぢこませて寒さをやりすごしています。
人間もその季節をいきているんですねえ。

ただ、人間は恒温動物(;^^。
先日、『カエルが他人とは思えないんですう~』とおっしゃる方が
いらっしゃいましたが、一応カエルではないので、体温を下げたり、冬眠モード
にあまり入りすぎるのはおかしいですよね。四季をそれなりに生きる力は
あるはずなので、しっかりとした人間としての(カエルではなくてえ)力を
蓄えていただければと思います。
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2006/12/10

その場しのぎではない治療をしていきたい

健康情報はあふれていますね。
それだけ、皆さん興味をお持ちだということだと思います。


お話の中で、整体がいいとか、漢方がいいとか、サプリがいいとか。
あれこれと、「何がいい?」という観点で迷われる方がよくいらっしゃいます。

私はいつも思うのですが、まず第一に一番大切なのは

 『あなたは今、どういう状態であるのか』

ということを考えることが必要であり、その状態に対して、どのような方向性を
未来に対して考えるのかという前提ができてはじめて、その状態、もっていきた
い目的に対して「何がいいか?何をするか?」という話が始まるのだと思ってい
ます。


たとえば、

『肩こりが非常につらく、身体全体が身の置き所のない感じで非常につらい』

という訴えがあった場合、この症状がでてきた時系列の流れ、身の置き所のない
感じの理由、どのような方向で身体を整えることを考えるのかといった観点で考
えます。

仮に、

 胃腸の底力が弱く、食物から身体に栄養をしっかり受け取ることができなかっ
たため、全身が気虚(パワー不足)をおこしている。そのなかで、手を使う労働
を中心におこなっているために肩こりが強くあらわれている。

このような分析であった場合、肩こりが辛いという主訴であっても、胃腸の底力
をつけることを治療としての第一目標とすることが必要になります。

胃腸の底力をつけるにはどうしたらいいのか?と考えると、ここではじめて、

 鍼灸ではどうすればいいのか?
 漢方薬ではどうすればいいのか?
 手技療法ではどうだろうか?
 ご自身の養生法ではどんなことが考えられるか

というさまざまな観点で、「何を、どうする」というお話が出てくるのだと思い
ます。

肩だけをみれば、肩の部位での気の滞りと考えることもできます。そしてその場
の気をマッサージや鍼を直接行うことで循らせるという治療方法も考えられるで
しょう。

しかしなしながら、この方にとっての、一番大事な治療の方向性が胃腸の底力を
あげることであれば、肩だけをいじることは、「その場しのぎ」であることが、
よくわかると思います。

「その場しのぎ」がいけないという話ではありません。

ただ、その場しのぎは、その場しのぎなんだということを良く押さえて置いて
緊急時の手段として使ってほしいと思うのです。そして本当に必要なことを、
後回しにせず、少しづつでも考えていくこと、実行していくことが大事なんだと
理解していただけたらと思います。

私の治療室では、このあたりを、はっきり分けて説明しています。
そして、私の治療室では、その場しのぎではない、その方の人生を応援するよう
な方向性での治療を中心に考えていっています。

その方の人生を応援するような方向性での治療は、その方自身が、その治療方針
について、理解し、納得していただかないとなりたたないものです。
その場しのぎのほうが、支持されやすい部分もあるでしょう。

それでも、あえて、私は、その場しのぎではない治療をやっていきたいのです。

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2006/10/31

2007年1月よりの一元流鍼灸術勉強会のご案内

こんにちは。
一元流鍼灸術事務局、はつきです。

一元流鍼灸術では、来年1月から勉強会の日程を変更し、
毎月第三日曜日 午後2時から
勉強会を開催することとなりました。


新規での参加希望も受け付けたいと思いま
すので、ご希望の方は、はつき(pxl02541@nifty.ne.jp)までメールください。

なお、コースをふたつにわけることになりました。

現在のコースがメインコース(今回の募集もこのコースです)、
そしてステップアップのためのコースとしてサブコースも開催していくことにも
なりました。

メインコース
毎月第三日曜日 午後2時から
年会費1万円

サブコース
毎月第三木曜日 午前9時から
年会費、なし(サブコースに含む)


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メインコース説明


◇ メインコースの内容は以下のとおりです。今やっているものの
とおりです。

・ 参加方法など

 全体として一年を目途としたルーティーンとする
 テキストを作りそれを繰り返し行う
 一元流鍼灸術の門
 体表観察のテキストが別に必要かも
 年間1万円

・ メインコースには二層二段階ある
     臨床家となるための基本的な所作の獲得

   言葉の学習
     気一元で見る
     臓腑経絡学
   実践の学習
     体表観察
     弁証論治
     処置に関して悩める段階と悩み方まで

   批判的な眼差しで先輩の方法を見学する段階
     教わる段階
   自ら参加して行う段階
     参加し修練する段階


サブコース説明
◇ サブコース

・参加方法など

 全体としてルーティーンではなく発展型で行う
 記録を必ず残すようにする
 無料(メインのまま)で参加者は許可制(気一元の観点から観た
陰陽五行をしっかり理解していないと混乱するため)

・後進養成への責任を伴う

サブコース参加者は次の段階へと進んでいくわけですけれども、後
進の疑問にメインの範疇で答えることによって、基本概念への理解
を深める。

・自分の頭で考えて道を作っていけるようになる

メインで鍛えた型を、原理原則に基づいて破壊していくようにする。
原理原則とは、すべての概念を疑い、基本に立ち戻りながら何を自
分が考え理解しているのかということを再認識するということから
得られる。

・テキストの書き換え深化のためのテキストの講読

  『一元流鍼灸術の門』講読
    臓腑経絡学の部分の講読


臓腑経絡学理解の次の段階として、私がまとめたものを読み合わせ
研究していく。


・選穴と処置の研究

伴先生がまとめたものの批判的な講読が基礎。
古典に書かれている歌賦などについて、どのように考えていくか検
討する。

現代の特効穴治療についての検討。
思えばメインのコースは診ることに特化し、臓腑経絡学の基本的な理
解に基づいた治療に視点を定めていました。ここが基礎となるわけ
ですけれども、サブコースでは、この視野をさらに拡大していこう
とするものです。

・.経穴選択の概念と実際

それぞれの症例報告に基づいた、臨床の研究。

・一元流小里方式の応用

指の鍛錬
経穴の摸り方
経穴の状態とそれへのアプロ-チ
経穴の状態が変化するとはどういうことなのか
経穴の変化を持続させるためにはどうすればよいか
症状と経穴との関係はどれほどあるのか

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2006/10/02

肩こりは、ほぐしてもらうのではなく、自分でほぐれる身体が大事

昨日の出来事

朝8時、ロイヤルホストに出動。
モーニングを食べながら、せっせっせとパソコンで原稿書き。

11時過ぎ、原稿書きに手が疲れ、『そうだ!園芸ショップに行こう』と
パソコンを閉じる。

外に出ると、雨。『しかたがない、野田琺瑯の蓋を買いにロビンソンに行こう』
と出発。

11時半、ロビンソン到着

なぜだか、肩が凝って頭が痛い。目の前にテモミンの看板が。
『そうだ!手もみんに行こう』

手もみんにいくと、人が待っている。
待つのはイヤなので、少し考えることに

『そうだ!この肩こり頭痛は葛根湯だ』と思い立ち、
ハンドバックの葛根湯を飲む。
30分後、つつーと鼻水がでて、肩こり頭痛解消。
『なんだ、軽い傷寒だったのね』

野田琺瑯の蓋を注文し、夕ご飯の餃子の材料を買い、車に乗せる。
2時過ぎ。ちょっとお腹がすいた。
『そうだ!なんか食べて帰ろう』

ぶらぶらしていると新潟物産展。
そこでぶらぶらしていると、佃煮やチリメンを売っているおじちゃんに
呼び止められ、まぜご飯3種類が入った容器を渡されました。

おいしい~!もぐもぐもぐ
食べおわると、おじちゃんは、『今度はスープね』とその容器に
とろろ昆布とおしょうゆを入れ『はいどうぞ』おいしい、おいしい。
これですうっと汗がでて、完全に肩こりが取れました。
やっぱり葛根湯に熱いスープでOKかあ。
ご飯とスープがおいしかったので、お買い物。

むかーし昔の私は、(いまでもですが)マッサージを受けるのが大好きでした。
『揉んで欲しい~』のコマーシャルではありませんが、いつもどこか凝っていて、
マッサージして欲しい~、揉んで欲しい~と思っていました。

それが、いまでは『揉んで欲しい、ほぐして欲しい』と思うことはほとんどあり
ません。ああ寂しい。でも、マッサージを受けること自体は好きなので、ときど
きスタッフのMちゃんにやってもらって極楽。

昔のままの身体だったら、駅や商業施設にいくたんびに、その場限りのお金を
沢山使っていたんだろうな~などと思います。昔の私の体の『ほぐして欲しい凝
り』は、マッサージをしてもらうと、その場では楽になるけど、数時間で元の木
阿弥という感じでした。『ほぐして欲しい凝り』というのは、ほぐしてもらうも
のではなく、『自分でひとりでにほぐす事の出来るからだ』が大事なのよね、な
どと改めて思ったのでした。

なかなか、有意義な一日でした。

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2006/09/22

東洋医学の言葉の世界

東洋医学の世界は、独特の言葉を使います。
私の症例を一般の方も大勢読んでくださっているようでとても嬉しいです。
言葉が難しいという声をよく候いますので、
私の使っている東洋医学の言葉を、少しまとめて説明していきたいと思い原稿を
書いてみました。

東洋医学で考えるときには、その生命観がとても大切です。
五藏六腑ということばは、西洋医学的な臓腑の言葉と似ているので混乱しがちで
すが、東洋医学の五藏六腑には独特の意味づけ、考え方があります。
興味のある方はごらんくださいね(^^)
また、わかりにくい部分などありましたら、ご質問ください(*^^)v

前半は、五藏六腑の説明
そして後半は子宮を中心とする、東洋医学的婦人科考え方の基礎となる子宮、腎、
衝任脉の考え方になります。婦人科的な問題はこの部分を抜きには語れません。

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.生理を東洋医学で考えよう

..東洋医学で考える身体の臓腑

五藏六府という言葉を聞いた事があると思います。これは、五藏
(肝、心、脾、肺、腎)という中心になる臓と、(胆、小腸、胃、
大腸、膀胱、三焦)という腑でからだ全体が構成されて
いるという考え方です。

中心となるのは五藏。
この五つの臟が、それぞれに役割をもってからだを構成しています。


ここで重要なのは、五藏という観点で、身体の機能を5つに分けて考えています
が、わたしたちのひとつの身体の中にあるものであるということです。

五藏がそれぞれの役割をにないながらも、ひとつの生命として、繋がり合いわた
したちの身体のなかにあるのです。決して、五藏のひとつひとつが単に独立して
あるのではなく、肝、心、脾、肺、腎が関係性をもって存在しているということ
なのです。

わたしたちは、肝だけで、脾だけで、腎だけで生きているのではな
く、それぞれの弱さ、強さ、充実度、弱点はあっても、すべての五藏があなた
の身体の中で繋がり合い、関係性をもって存在しているということです。

ここでは、それぞれを役割に分けて語っていますが、人間の身体はひとつのまと
まりをもって、生命としての活動をしているということが重要な観点になります。


簡単に五臓をそれぞれ説明しておきます。

..肝:肝は木にたとえられます。

人間を考えるときに、大地に根ざし、天空に向かって手を広げる木と考えること
があります。木は大地と天空をつなぐ大いなる幹です。

しっかりと大地に根を張り(脾腎)、健やかな幹(肝)が暢びやかに立ち上がる
ことによって、力強く天空に手を広げる(心肺)ことができます。

この幹である肝は、『やる気、生きる意志』でもあります。
全身の気血の流れを調整し、しっかりと生きていく意思をもつのが肝気の力です。

この『生きる意志』の力は、どっしりとした大地にしっかりと根をはることで充
分な力が発揮されます。

ところが現代人は、大地がやせていることが多多あります。

大地がやせると、木はまず身体の上部である天空に助けを求めます。人間におい
てはこれを身体のキーキー状態といいます。他者に助けを求めて泣き叫んでいる状態です。
体内においては、その必死さによって熱を生じ、その熱が他の臟や生命力にを圧迫し
ます。このキーキーによって不妊に陥っている人は非常に多いです。

また、ご自身の大地の充実度を無視して、肝の『生きる意志』だけが暴走してい
る場合もあります。やせ細った大地にたった、もやしのような身体なのに、あれ
もやりたい、これもやりたいと肝気だけがキーキーがんばっている状態。

大地(脾腎)を充実させること、肝気(生きる意志、自分の欲望)
を調整することが、生きていく日々を健やかに過ごすためには重要になってくるのです。

また肝は全身の血を藏します。藏するというのは蓄え貯蔵し、全身
の血のめぐりを調整するという意味です。妊娠したいという女性に
とって、血が健やかにあり、全身によくめぐるように調摂されてい
ることは大事なことです。女性の生理の問題を『血の道』などと表
現することがありますが、肝と関係の深い言葉です。


..心:心は火にたとえられます。

身体の土台の力の生命力である腎の暖かさを承けて、太陽のように燃え続ける火
です。また、肝のキーキーする熱などをを受けて燃え上がってしまうこともあり
ます。

君主の官とも呼ばれていて、全身の状況を表現します。


..脾:脾は土、大地です。

私達が日々摂取する飲食物を消化吸収し、それをしっかりと蓄える倉庫の役割も
します。人間が日々の生命をつないていく飲食物からのエネルギーの摂取におお
きくかかわりますので、生まれながらの生命力である先天の本(腎)にたいして、
後天の本とも呼ばれてもいます。

肝木に対して大地の役割をし、その根を養います。肝は血を蔵すると言われています
が、その血を生成するところが脾です。ここが丈夫であると、肝木の根がしっかりするため、肝気がキーキーと暴れることを間接的に防ぎます。
木には充実した根が大事だということですね。

..肺:肺は天空です。心の火はそこにかかっている太陽です。

人間の身体において、天空というのは、外界と内界をへだてる外郭、バリヤです。

脾が飲食物の摂取という役割で、外界と内界をつないでいますが、肺は、呼吸に
よって外界と内界をつなぐ役目ももちます。

肺が弱くなるということは、外界に対する防衛力が弱くなるということです。

また、人間の命のまとまりとしての蓋の役割をしていますので、この蓋である肺
がが充実していると、生命力がしっかりとまとまることになります。


..腎:腎は身体の中心、生命力の土台です。
人体の重心である最も深い位置にあります。そして東洋医学では生命そのもの
の発祥の中心とも考えるので、先天の本とも呼ばれます。

東洋医学の世界で子宮は、生命力の土台である腎と直接的に関係していると考え
ています。女性の身体の生命力の中心によって子供が育まれるということは、
種の存続の神秘であるともいえるでしょう。この子宮の力こそは、次なる生命を
生み出す門戸なのです。

「女は子宮で考える」という言葉があります。これは、女性は一番大切なものを、
本能的に、生命の源とつながりわかっているということなのでしょう。

..腎と子宮、一源三岐である衝脉、任脉、督脉

人間が日々生きていくには、五藏の働きが必要です。

女性には、日々生きて生くだけではなく、次の世代を生み出すための仕組みを担
い、身体にそのシステムを備えています。

これが、子宮を中心とする女性の生理の特徴です。

子宮に直接的に関わるのは生命力の土台である腎です。腎の力は生殖の力を左右
する大きなものです。

そして、女性には、生命力の有余を大きく蓄える海が経絡として用意されていま
す。一源三岐と呼ばれる衝脉、任脉、督脉です。この一源三岐の経絡は直接的に
子宮に注ぎいれ、子宮に有余の生命力を注ぎ込みます。生殖を支える大いなるエ
ネルギーとなるわけです。

生理がおこるということは、腎気(身体の土台の力、下焦の力、
際下丹田の力)の主導のもと、肝気によって、血流が調整され、
脾によって、気血が作られ、からだの中では余力である奇経の衝
任脉が盛んになり充実し子宮にエネルギーを注ぎいれるということです。


腎気、肝気、脾気、衝任脉という沢山の臓腑や経絡が全体として
調和のある動きをしているということが、順調な生理につながる
わけですし、妊娠の出来るからだのありようにもなるのです。


(男性にも衝脉、任脉、督脉などは存在します。ここでは特に子供を孕み、育み、
出産する女性の生理に大きく関わる側面としての衝脉、任脉、督脉を考えていっ
ています)

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2006/09/08

夏ばて、ご注意。

夏ばての時期

さて、このところ、調子の悪い方が多いです。

先日、脉をみて、あーかなりお疲れさんだなあと思った患者さんに、

「しんどいですか?だいぶお疲れのようですけど、夏ばてですねえ」

とお話しますと。

 「ああ、そうなんですね。わたし夏ばてなんですね、
      なんか、変だな~とは思っていたんですけど」とのお返事。

体力ぎりぎりでがんばっている方は、自然と、自分の疲労度に注目しないような
生活習慣になっている場合があります。これは、気にしても、やらなければいけ
ないことはやるんだしと、気持ちが淡々としている方が多いですね。

こういうタイプの方にとって、この夏の終わり残暑のころは、ひときわ辛いころ
です。

その日は、そんな方が続いて、みなさん、「はああ」とため息をついていらっしゃ
いました。胃腸を整えることを中心に、穏やかにまとまるような治療をしました。

くだもの、特に冷たく甘い果物に注意してくださいね。
身体の水はけが悪いと、眩暈(めまい)になったり、頭部の不快感になったりし
ます。水を取るのは大事なんですけど、その摂取した水をしっかり裁ける身体で
ないと、取りすぎて蓄った水が悪さをします。ご注意、ご注意。
身体をあっためて、足三里にお灸をするのもいいと思いますよ。

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2006/09/02

自分自身は見えない、わからない、気がつくことができない

自分自身は見えない、わからない、気がつくことができない

長らく臨床をしていて、不思議だなと思うのは、患者さん御本人が「なんでこのことにご自身で気がつかないのだろうか?」「どうして問題の軽重を取り違えるのだろうか?」ということです。御本人も薄々気がついているようなのに、問題を混乱させてとらえているのです。

東洋医学の弁証論治を私はしていきます。それは問診や切診などを通して、東洋医学的な視点でみるということなのですが、何も特別なことではなく、その人の歩んでこられた時系列の流れから、一番の問題、中心的に解決して行かなければならないことを探り、身体の内外の動きに対する解釈を東洋医学的な視点で考えるということだけです。つまり、東洋医学的な言葉で解釈していきますが、それはごくごく普通の言葉にも置き換えることができるような、私たちのごくごく当たり前の命のあゆみです。

御本人を拝見していると、充分わかっているようにも思うのに、問題を整理できない感じがすることが多くあります。

たとえば、沢山の頭痛薬を飲んでいます、こんなに飲んだらダメだと思うのに、飲まずにおれないのです。いつも疲労感で一杯で、睡眠不足ですと。どうしたら薬をやめられるでしょうか。

この質問を読んで、とりあえず、睡眠不足と過重労働を考えようとは思いませんか(;^^?。
そしてその上でも、取れない頭痛が問題なのです。まず、ご自身で睡眠不足対策と、加重労働対策はできるはずです。

面白いのは、ここで、ひとつひとつに言いわけをして、ご自身のいまのありようを
肯定なさることです。肯定して結局お困りになるのはご自身なのですが。

疲労感一杯なのは、働かなくてはしょうがないから。
睡眠不足は、どうしてもテレビが見たいから。
テレビをみないとストレス解消できないから。


そういいながら、頭痛でどうしようもなく、よく仕事を休むと。

それならば、まずテレビはやめて、どうせ仕事を休んでしまうならば、あらかじめ
適量の仕事を考えること。また仕事をどうしてもやらなければならないという優先順位があるのならば、それ以外の娯楽をセーブすること。


問題を整理することが大切ですね

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2006/08/26

中医交流会に思う

明日は、中医交流会というイベント?に、私たちの勉強会である、一元流鍼灸術
もシンポジストとして参加するので、あーだこーだと準備しています。

先生の作った明日の講演用抄録を読み返して、どういった観点を中心にして
お話していただくと、聞いている皆さんにわかりやすいかなーなどと考えながら、
ちょっとした注を入れさせてもらっています。

その作業をしていると、私たちの勉強会が何をしたいのか、どういう土台をもっ
て、どういう方向にむかっているのかが再度よくかくにんされるような感じがし
ています。まあ、それは当然、私自身の方向性でもあるのですが。

私たち一元流鍼灸術では、弁証論治を使います。これは、四診を使って、目の前
の患者さん証をたて、アプローチしていくということです。弁証論治を使うとい
うだけで、それは『中医学だ!』とレッテルを張る方々がいらっしゃいます。

中医学をどう定義するかということが、問題ではあるのですが、私たちの勉強会
は、自ら中医学をやっていると宣言したことは一度もないので、レッテルをはら
れても、ちょいと戸惑うばかりです。

確かに、弁証論治を使っています。これは、目の前の患者さんを『詳に診る』た
めです。

そして、その『詳に診る』前提として、私たちは、日本の伝統的東洋医学観を使っ
ています。杉山和一や本郷正豊、難経鉄鑑など、日本の鍼灸師ならば、その名前
を知り、臨床の参考と少なからずなっているこれら江戸時代の宝物をその土台と
して学ばせていただいております。

私は、弁証論治云々よりも、この土台となる生命観をしっかりもつかどうかとい
うことが、臨床家として一番大事なことなのではないかと考えています。
土台と為る生命観があり、それをもとに、弁証論治を駆使して、目の前の患者さ
んを詳に診て、方針をきめ、対応していく。

その方の人生の一時点において、その方の人生を応援していく治療はどういう治
療なのかということを、生命観をもってみる。このことが大事なのよねと、改め
て思うのでした。

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2006/05/21

未病の身体

5月18日に行われた勉強会の感想です。

この勉強会では、ときに、モデルさん(だいたい、一元流を勉強したいという、
鍼灸師の方です)をおまねきして、模擬患者さんとなっていただき、四診をし、
のちに、そのかたの症例をML上で弁証論治をしていきながら、討論を重ねると
いうことをしています。

勉強会当日では、問診、切診とおこなわれ、その患者さんの身体をしっかりと体
表観察することを、メンバーでシェアしていきます。

今回は、若い男性で、それほど身体に深い反応があるとは思われなかったのです
が、お体を拝見してびっくり。愁訴がないのに、反応としては沢山出ているので
す。

この状態が、いわゆる未病なんだなと思いました。
御本人に自覚もなく、たぶん、病院で検査などしても完くの健康体です。
でも、現時点ではなにも問題がなくても、この身体を、乱暴に扱い、無茶を重ね
れば、どういう顛末をとるのかというのが、見て取れるような感じでした。
だから、症状がない時点で、『この方、独自の健康に対するアドバイス』はでき
る状態なのです。そして症状のない時点でこそ、手入れをして欲しいのです。

さて、以下は勉強会(http://www.1gen.jp/1GEN/)の掲示板に書いた文章です。
ご興味のある方はどうぞ(^^)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5月のモデルさんは、若い男性でした。

主訴は腰痛でしたが、ご本人がとても困っているというレベルでもなく、また
全体の体調としても、ご本人が症状として困っているような感じはもっていらっ
しゃらないなという感じでした。

そして身体を拝見すると、非常に特徴的な感じなんですよね。
つまり、家系として、糖尿病の体質があるということは、東洋医学で曰う先天の
問題としてどうあらわれるかということが、とてもよくわかりました。

で、特徴的なあらわれ方をしていても、ご本人の愁訴としては全く感じるレベル
ではない。当然、なんらかの症状がでているわけでもないし、たぶん、糖尿病の
検査などしてもなんら引っかからないでしょう。

つまり、未病の段階なんです。

未病を治療するということは、こういうことなのかと思いました。

そしてその難しさもよくわかります。

以前も、勉強会でのモデルさんで、そういった身体の問題を抱える若い男性が
いらっしゃいました。でも、なかなか御本人がその「未病の段階」で、治療の手
を入れたり、生活全般を考えていくことは難しいなと感じました。全く症状もな
く、若さがあるから、さほど体調として困ってもいない段階では、いまの生活が
優先されるのは当然でしょう。

未病の治療、そして先天の問題をもつということの難しさを感じました。

これはお二人だけの問題ではなく、みなそれぞれが抱える問題でも
あります。

養生、手入れ、身体をいたわること。どうやって考えていけばと思いました。
ただ、びくびくするだけではいけないし、積極的に人生を生きるという姿勢も大
事。そのうえで、自分の身体の状態を冷静に判断し、必要な手をうっておくとい
うことなのでしょうか。

おふたりには、せっかく、いまの何も症状として出ていない、しかしながら、経
穴の反応、身体の反応としては出ているという段階での、手入れを実践していた
だければと思います。東洋医学と出会い、いま未病の段階で、問題点があきらか
になっているのですから、ぜひ、それを自分自身の勉強のチャンスと把えていた
だけたらと思います。

それにしても、臨床をしていくなかでは、こういった、純然たる未病の段階で
拝見することはありません。もっと症状として問題が出たときにであうわけです。
素体にまつわる問題の治療をすることの難しさが分かるような気がしました。


勉強会でモデルさんの身体を診ていくということは、ご本人にとって気づきの場になる
でしょうし、私たちにとっても、色々なことを学ばせてもらえる非常に有難い場
だと思います。しっかりと勉強してきましょう

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2006/03/25

わがままな人、優しい人

いろいろな方を、問診を通じてお話を伺い、お体を拝見して、その方はどんな心
身のありようなのだろうか?と探る旅をしています。

そのなかで、ひとつ気がついたことがあります。

それは、わがままな人は、周りの人のお腹が痛くなり(;^^)
優しい人は自分のお腹が痛くなる(=^_^;=)ということです。

わがままな人は、自分の不調や、不満を、身体で『痛い!辛い!』と訴え、
口でも、『困った!助けて!』と叫びます。
これは、ご本人の身体にとってはとても有難いことで、身体の不調に対して、
そう深いところにまで行かない段階で手が打たれることになります。
周りを振り回しながら、自分を整えていくわけです(^^)

これに対して、優しい人は、自分の不調、自分の辛さを表に出しません。
とくに、周りの状態が悪いとか、他に気にかかることがあると、自分のことは
ほっぽりだして、他の人のため、周りのために気配りし、自分を押さえます。
そして、『自分の痛みは自分が我慢すればいいのだから』ということを繰り返し
ていくことで、だんだん自分の状態に待ったく気がつかない状態になっていきま
す。本人が自分に冷たい状態なのです。周りの人には優しいのに、自分に冷たい。

自分に優しい人は、周りにわがまま
周りに優しい人は、自分に冷たい


うーーーーーーーんと考えちゃいますね。
私は、自分にちょー優しいので、周りには大迷惑だと思います。

ときに、自分に冷たく(厳しく)周りに優しい人をみると、本当に、稀有なもの、
美しいものを見せていただいたと心打たれます。でも、自分に優しくできるのは
まず自分です。大事にしてくださいね。

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2006/03/07

散歩と睡眠。春の辛い人の過ごし方

春がきた、はーるがきた。

春は、気が上に浮き、下が虚す時期です。

球根のお花を思い浮かべてください。

球根が、その前の季節に充分に養われ、大きくなり、春になると、
その球根の栄養を土台として、綺麗な花が咲きます。

つまり、下(球根)の栄養を使って、上(花)に気が昇るのです。
綺麗で華やかな花のためには、下の充実がかかせません。
逆に言えば、下がしっかりと大地に根を張り充分な大きさをもち、
充実していれば、花が咲く季節にふらふらすることはありません。

人間も基本的な考えは同じです。冬までの間に、充分土台ができている人には、
気分もウキウキの春です。

でも、土台がちょっと不安定だったり、不足気味のひとにとっては、気が浮くこ
の季節は、虚し気味の下(土台、腎気)の生命力を上にもっていってしまい、
ひょろひょろとした気は昇り、下はよりふらふらになりということで、辛い時期
です。

こういった時期は、無理をせず、頭を低くして(;^^、上手にやり過ごしましょう。
気が上に昇りがちですから、夜のパソコンなどは御法度。腎気を養うために、沢
山寝ましょう。春眠暁を覚えず、腎気を養うには、散歩と睡眠ですね。

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2006/01/18

女性の人生、生命のリレー

女性の人生にとって、妊娠を考え、出産をし、産後というのは限られた時期であ
り、ダイナミックに人生が変わっていく時期でもあります。

私は40代です。

私自身、この時期や妊娠ー出産に対して、あまり前向きに考えることをしていま
せんでした。女性にとって自立が大事、職業的に自立し一人で生きていけること
が大事。そのうえでパートナーがいればいい。

こう言う考えが私の中に当たり前のように刷り込まれていました。

私の妊娠出産は、まあ若気の至り(((((((;^^)という感じで、計画性とは無縁で
した。ですので、このダイナミックな時期について正面から考えて選択したとい
うことではなく、なんとなく流れで選択してしまっています。

しなしながら、もし私が、ある程度、職業的に自立し、仕事が乗っていたら、こ
のダイナミックな時期を過ごすことを、かなりためらったと思います。
損得で考えれば、明らかに損なのです。子供なんて産まないほうが経済的には得
なのですよね。


それが、こうやってこのダイナミックな時期をより幸せに過ごすためのお手伝い
をし続けるうちに、私の中で明らかに考え方がかわってきました。

女性の人生にとって、このダイナミックな変革期を過ごすことは非常に大事で、
幸せに満ちているんだと思うのです。経済的な損、肉体的な負担。確かに非常に
重いです。でも、このダイナミックな変革期に女性が自分の肉体を一杯使って新
しい生命を生み出すということは、とても素晴らしいことではないかと考え始め
ています。

そして、このダイナミックな変革期を応援すべき社会のシステムが昔は自然な形
でできていたのに、私たちの年代の女性には刷り込まれていなかったのではとい
う疑問を持っています。これはたぶん、私たちの親の年代(いま70-60)の
方々の時代背景や思想的なものが影響しているのではないかと思っています。


このことが20年後、30年後、どんな世の中をつくっていくのか不安です。で
も、この喜びや幸せを知った私としては、少しでもこの時期の女性を応援してい
きたいし、社会的な教育についても、考えていきたいなと思うのです。


KLC(加藤レディースクリニック)の先生が、『妊娠できないのは100%あ
なたの責任』という言い方をして、患者さんを奮い立たせています。ちょっと乱
暴な言葉遣いだなと思うのですが、逆にいえば、『妊娠できるのは女性だけ』と
いうことなのかなと思います。

具体的にこの生命のリレーにどのようにかかわることができるのかは、『子供は
授かるもの』ですから、神様によってそれぞれが使命として役割を与えられるん
だと思います。生命を直接的に妊娠することで担う人。妊娠することはなくても、
社会の一員としてサポートする人。さまざまですね。きっと生命のリレーを社会
みんなで、色々な状ちで手伝っているのだと私は思っています。そう考えると男
性も同じですね(^^)。生命のリレーをつなぐことを、社会に生きる一人ひとりが前
向きに応援していけたらいいなあと思います。

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2005/12/10

当たり前のこと、睡眠、食事の大切さ

お体を拝見させていただくと、かなり状態の悪い方がいらっしゃいます。

こういった、かなり状態の悪い方の場合、相当な覚悟ができている場合がありま
す。この覚悟ができている場合は、治療がとっても良く効くことがあります。

良く効くといっても、そのかなり底打ち状態の悪い状態を立て直すのですから、
とても大変です。でも、その『覚悟』はとても大事なんだなと思うのです。

アトピーで有名な四国の某所に別院をもつ病院に入院経験を持つ方からお話を伺
いました。そこまで致る方はそれなりの覚悟をもって皆さん入院なさると。そし
て仕事などを変え、生活をかえるところまでアドバイスされ、やはり、それなり
の覚悟があるので、それに従い症状がかなり改善されるという話を伺いました。
やっぱりこういうところに秘密があるんじゃないかなあと思いました。

覚悟がきまらないと、職業をかえるとか、日々の生活を変えるというのはとって
も大変なことです。日本の中でも辺鄙(;^^なところに入院し、別世界での生活を
することで、覚悟ができるのではないのかなあと思いました。


病気というのは、薬や治療が治してくれるだけではない、生活全般の改善がとっ
ても大事なことというのは、私も本当に実感することです。

睡眠、食事。毎日のことで、それが一日か二日不摂生でも、人間の体は、たちど
ころに参ってしまうようなやわな事には致りません。

でも、それが毎日、毎日続くと、じわじわと体の根本を蝕んでいくのですよね。

一日、二日の睡眠不足は大丈夫。取り返せます。

でもね、毎日、毎日の寝不足は、響くんですよね。
毎日、毎日の不摂生は、体を弱く頼りなくしていくんですよね。

治療をしていて、慢性的な寝不足の方、どうしても食の不摂生のやめられない方
は、どうしても歩みが遅くなります。体のベースがあるかたでしたら、なんとか
なるのでしょうけど、そうでないばあいは、ジャブの様に効いてくるんですよね。

睡眠を大事にする、当たり前なんですけど、とってもとっても大事だなと思いま
す。

『でも、先生!3時間の睡眠時間だって平気な人は平気じゃないですか』

そうですね、短い時間で平気な人もいます。でもね、寝なくちゃいけない人もい
るんですよね。高橋尚子みたいに早く走れる人もいれば、とても42キロなんて
走れない人もいます。人それぞれ。自分の器を大事にしましょう。
--

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2005/11/30

女性のタイプ、平和型と生殖優先型

あるフォーラムで、色気はどうやったらでるかしらん(^^;)?というご質問にお答えして
作ったファイルです(^^)

色気はどうしたらでますか??
ーーーーーーーーーーーーーー

 色気と、ご縁は別物だと思います。

 

 女性を観察していて、最近思うのは、大きく分けて2種類いると。

 ひとつは、何があっても生殖優先型。
 これはどんなに身体が辛くても、忙しくても排卵がちゃんとあって、
 生理がきちーんときます。そして生理周期に振り回されて、キーキーいいます  
 (=^_^;=)。まあ、周りを見回して、女らしい女ってのは、こっちです。
 色気があるのもこっちのタイプ。

 もうひとつは、平和型。
 これは、のんびりとした平和タイプ。夏があつければ生理がとんだり、
 身体が疲れれば連動して排卵がなかったり。いつも気持ちが温和で平和なタイプ 
です。

 (注*この両者で妊娠しやすさということからいうと、前者も後者もそれぞれ
 メリットデメリットがあるので、一概には言えませんので。これはまた別問題)


 これは男性でも同じかもしれません。生殖優先型と、平和型。

 この生殖優先型というのは、生命力が旺盛で、やる気満々タイプでもあります。
 何かをどんどんやるとか、目標を持って進みますし、よい異性を積極的に
 ゲットするという行動にもでます。ヨンさま~と叫んでいるのも、このタイプが
 多いと思います。こないだの映画、血と海の主人公は顕らかに、生命力旺盛、
 事業欲旺盛の、 生殖優先型ですね。


 男女の組み合わせというのは、生殖優先型と、平和型になるのだと思います。


 いま、女性が元気な時代というのは、女性の生殖優先型が優勢な時代といえるのか
もしれません。こういう女性に嗜まれる男性は平和型です。ヨンさまのあの人畜無害
な微笑みは平和型の象徴ではないかと思います。


 そして、平和型の女性を、本来ぐっと捕まえてくれるタイプである、生殖優先型の
男性が非常に少なくなっているのが現代ではないかと思います。去勢されたような男
が多いのよ~。

 『君がよければそれでいいよ』なんて顕らかに主導権を女性に渡してしまうタイプ
の台詞を嘔く平和型の男性と、自分から結婚して!などというはしたない事を
決して口走りはしないような平和型の女性では、なかなかご縁が結ばれません。


 家庭を守り支える、子育てをするなんてのは、平和型の女性の独壇場です。男性は
本来、このタイプを選ぶべきですし、選んできたわけです。

自分が自分がと自分中心の生殖優先タイプの女性は、生んでしまった子供よりも、
次なる男性のより優秀な遺伝子を求めてさまようのは当然の性です。社会的な問題が
生じるので、一夫一婦制に我慢する生殖優先型ですが、その亜型がヨンさま~と
さけぶのは安全なところかもしれません。

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2005/11/29

自分の体情報を知ろうーー四診からわかること

私は治療院にいらっしゃる初診の方を拝見するとき、東洋医学でいう四診であるお話を聞いたり、
お身体を直接拝見することなどを通じて、その方の

  1)お体自体の課題として、性質、弱り方、よいところ。

  2)その身体の運転手さんであるご本人の性格、生きる姿勢、考え方。

こういったことを考えていきます。

このことにしたがって、現時点でどういった方向で治療していくのか、ご本人には
どういうことを気をつけていただきたい、のかなどというお話をしていきます。
(初診時で最終的な治療方針、治療法方が全部決定するとは限りません)

このときに、一番思うのは、『自分の身体について知らない人が多い』ということです。
確かに、自分で自分の事をみるのは、ムずかしいと思います。

ちょっとしたことでも、自分の身体の特徴をしっておくと、対応も違うようです。

たとえば、胃腸の冷えが頭痛の原因になっているかたに、『アイスはダメよ』ということを
理由からご説明させていただくと、頭痛がしたときに、『あっあれだな』と
ちゃんと反省できますし、今度はやめておこう!と考えることができます。
そしてこの『今日はやめておこう』の積み重ねが、その方の健康にとって
とても大きな意味をもつのです。

私の治療院では、自分の身体がどういうものなのか、そのご理解をいただくために、
かなり時間をさいて説明します。そのときの治療だけではない、日々の生活上の注意が
ご本人の健康のために必須だと思っているからです。

私は、患者さんの身体の治療をします。でも、それはお手伝いだけなのです。
ご本人が、ご自分の身体のことを、無頓着に扱っていては、困っている状態から
なかなか抜け出せません。治療と養生。養生には自分を知るということが必要なのです。

養生のための情報提供を個別具体的にしていくということが、本当に大事なことだと
私は思います。

世の中には、一般的な養生情報はあふれています。テレビをちょっとつければ
毎日やっていますね(^^)。テレビ、雑誌、インターネットなどなど。
ただ、そこにあふれている情報は、一般的な養生情報だったり、他の人の養生成功情報だったり
するわけで、決して、『貴方の養生情報』ではないのです。

一般的な養生情報は、よいなと思うのだけ、さらっと取り入れ、あとは振り回されないことです。
免疫力をあげるものなんていうと、飛びつきたくなりますが、免疫力って、生命力のこと。
特定な食品をとればあがるという発想はなんだかおかしいと私は思います。
あなたの生命力をあげるには?という発想から、その食品のことや健康法の事を
眺めてみてください。おのずと答えが出ると思います(*^0^*)。

情報が多いことは、基本的にはよいことです。
でも、迷いにつながりますね。迷いすぎるとかえって間違いにつながります。
ほどほどになんて思います(^^)

そして、ご自身を充分に知ることで、気持ちよく身体の手入れをして
日々を楽しく過ごせるとステキですね(^^)

私が皆さんのお身体を拝見させていただくときに、一番心がけているのも、この点です。ご自身を知るための情報提供をさせていただけるように、頑張っています(^^)


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2005/11/15

身体の反応

身体の診方には3つの方向性でみることができます。
ひとつは、器の大きさ、密度、そして敏感さです。
身体がもっとも充実している状態とは、器が大きく敏感で
密度が密であるという状態です。
(これに関して詳しいことは、一元流鍼灸術hp(http://www.1gen.jp/1GEN/)
にあります。

さてさて。

身体には敏感な身体と、鈍感な身体どうちがうのでしょうか?。

敏感な身体というのは、外界の変化に対する反応が早いということです。
そのうえで、器が密でしっかりしていれば、敏感な充実した身体と
いえます。また逆に、敏感であっても、器が小さく密度がもろいと、扱いにくい
身体(=^_^;=)ということにもなります。

敏感で、密度が濃い充実した身体は、
  冷えが入ればぶるっとすぐに反応し、追い出します。
  暑ければ汗をだし調節します。
  変なものを食べたらすぐに下痢などして出します。

つまり、自律的に健康な身体を調整して手に入れられるということなんです。

これが鈍感な身体だと、外界の変化に対して反応が鈍く、その外邪などを深く身
体に進入させてしまうことになります。こういったからだの場合、自分自身で敏
感な反応ができないわけですので、注意深く付き合う必要があります。

そして何らかの反応をしなければいけない場合には、その応援をしてあげて、
敏感に反応できるようにし、深く外邪が入り込まないように手助けする必要があ
ります。

また、身体の充実にともなって、敏感さも得ることができるので、なんらかの手
入れをすることもいいですね(*^^)v

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2005/11/10

風邪に漢方葛根湯っていいますけど(^^)

葛根湯は、いわゆる風寒の外邪を追い出そうとする処方のひとつです。

風邪に漢方、葛根湯ってよくいいますよね。
同じことを鍼灸でもおこなうことができます。
葛根湯でよくなるからだの状態に対して、葛根湯を飲めばよくなるし、葛根湯風鍼灸をすると
よくなるということです。さてさて、少し考えて見ましょう。


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
それでは、どんな状態かと言うと、ご本人の愁訴としては
首の後ろから頭にかけて凝ったような感じだ。水溶性の鼻水がちょっと出て
頭も後ろを中心にいたい感じ。汗は出ていないといったところでしょうか。また、上焦の欝滞が中心で、
肩こり、頭痛などといったところも考えられます。つまり欝滞して今一歩外に出られないといった感じなのです。
--

身体の状態を考えてみましょう。

身体は、風寒の外邪が入ったときに、別に葛根湯を飲まなくても、同様の方法で、追い出そうとしているのです。
葛根湯はそのプロセスの応援をしてくれていると考えると分かりやすいと思います。

風寒の外邪が入り項背から入り、身体は上焦を欝滞させてその寒えを追い出そうとしています。
でも、表が開かず欝滞が解消されないので、上焦での症状となっています。

上焦を欝滞させ外邪を追い出そうとしている体は、どこの臓腑の力を使っているかと言うと、肺気です。

肺気が充分ではないので、それを補うために脾胃の陽気を使い、上焦の気の欝滞を発汗させることで解消していこうというのが、葛根湯の
やりかたではないかと思います。


体表観察していくと、大椎当たりに冷えの反応がみえます。これが風寒の外邪が項背にいるのね(=^_^;=)といった
反応でしょうかねえ。それから、合谷、肺兪当たりに実が出ていると。これが上焦の欝滞している
身体の状態ですね。足三里をみると、ちょっとへたっています。うーんだから脾胃の陽気がたらず、自力で
しっかりと解表ができなくなっているのねと読めます。

それでは、このような身体の状態に対する鍼灸治療を考えて見ましょう。


まず、このへたった陽気をたててあげます。今の私だったら足三里灸頭鍼!(マイブームなのよ(^^;))
足りなかったら、中(月完)当たりもあっためます。脾胃の陽気を高めておいて、合谷の実を瀉してあげます。
短針1番あたりで実のところにそっと置鍼。

これで上焦の欝滞がとれ(解表)されます。もう一押しで、大椎当たりの冷えに直接焼き鍼。このあたりが
鍼灸の直接的アプローチかな。

これで、陽気が高まり、解表され、発汗により風寒の外邪が追い出せれば、治療完了!

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2005/11/08

膠原病、リウマチについて、東洋医学的な立場から考察してみました。

膠原病、リウマチについて、東洋医学的な立場から考察してみました。
(昨日の続きです)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「風邪を体はどうなおすのでしょうか
       ー症状と呼ばれるものを考えてみましょう」


外側から、風邪の原因(外邪)が入ったとされるとき、体は、その外邪を
追い出そうと頑張ります。また、外邪が入るということは、身体の内側になんら
かの虚があるということでもあります。

外邪のいる位置が、身体の一番表面であれば、その外邪のいる位置に、体は力を
あつめ、追い出そうとします。上手くいけば、本人が意識するほどでもなくスムー
ズに体の力により追い出されますが、身体の力が不足し(内側の虚)もう少し外
邪との闘争が激しいと、後頭部のこわばりや、悪寒などの症状を感じることにな
ります。

この症状が正邪の闘争と呼ばれる状態であり、風邪のときの困った症状とされる
ものです。身体の内側に虚があるために、外邪の侵襲をうけているわけです。こ
の症状は、その場処に気が集まり、欝滞している状態です。

 体は、胃腸の陽気や、腎の陽気を使って、外邪を体表に押し出そうとします。
その押し出す力が足りなければ、力を漢方薬で足してあげることもありますね。
葛根湯や桂枝湯、麻黄湯などは、陽気の応援をし、解表により外邪を
追い出すという発想です(寒邪の場合)

「膠原病、リウマチでは?」

 その発症に、細菌、ウイルスなどの感染がきっかけになるということは、東洋
医学的に考えると、そこに内側の虚があるから、感染し症状がでていると考えられます。

そして、始めは外邪との闘争ではじまった正邪の闘争が、自分自身との正邪の
闘争となり、通常の風邪とは違い、病態として深く(病位が深い)、治り難いも
のとなっているわけです。関節リウマチならば関節で、多発性筋炎ならば筋肉で
正邪の闘争をし、気欝をおこすため、鬱熱となり症状である病態となるわ
けです。


「正邪の闘争の症状から抜け出すには?」

 通常の風邪での発想は、症状は外邪との戦い(正邪の闘争)であり、それは、
内側の虚があるから侵襲されるという考え方に立っています。ですので、この弱っ
ている自分自身の生命力(脾胃の力や、腎の力)を高めようという発想をとりま
す。

つまり、外邪をつまみ出すという発想ではなく、生命力を充実させるこ
とによって、外邪を追い出していくのです。


 膠原病・リウマチの、自己認識を誤り、自己を外邪としてそれと戦う
場合でも、考え方は同じです。

内側の虚をたてることが、正邪の闘争に決着をつける大きなポイントになります。
違いは病位だけです。


 つまり、正邪の闘争という症状を、通常の外邪であっても、見誤った外邪であっ
ても、症状に注目して症状を止めようとするのではなく、内側の虚に注目して、その虚をたてる
ことで解決して行くという発想が東洋医学の中心なのです。

 しかしながら、通常の風邪と違い、膠原病、リウマチの場合は、病位が深いと
いうことから、正気を補うだけで簡単に症状が解決しない場合もありますし、そ
の症状自体が二次的な問題を引き起こす場合もあり、症状そのものを放置できな
いこともあります。

「症状を沈静化させることによる、不利益」
 
 症状というのは、正邪の闘争のありようです。つまり、自分自身の身体の力を
使って闘争し、症状を乗り越えようとしている様なのです。

 これを全体を抑える大きな力(ステロイドなど)で沈静化させると、自分自身
の身体の力を傷めてしまうという大きな不利益と直面することになります。

 症状として出ている、内熱(炎症など)の状態は、自分の内側の火でも
あります。生命力とは、大きくいえば、陽気と、陰気をあわせもち、ひとつの器
となっています。内側の火とは、陰気が足りないために陽気過多となっている状
態です。つまり、中心は、火の有余ではなく、陰気の不足という虚であるという
点に東洋医学は注目していくわけです。

 ですから、このときの陽気過多の火の症状は、有余の火からの症状だけ
ではなく、自分自身の生命力そのものでもあります。ですので、それを押さえ、
消していくことは生命力を小さくしてしまうことでもあります。


 火を消すことではなく、陰気が増すことにより、火が収まっていくようにとい
う発想が、このときの生命力を高めるという場合、とくに必要なこととなります。(滋陰降
火の発想)

 
 正気を応援すること、これが一番肝要です。

実際に、リウマチの進んだ方で、症状を押さえることを西洋薬も含め、鍼灸でも
やめて(鍼灸にも、症状を中心に把えるやりかたと、生命力を中心に把えるやり
方があります)、正気を応援することのみで、非常によい経過をとっているケー
スもあります。


しかしながら、病位の深いこれらの病態は、一筋縄ではいかず、症状自体が、次
なる病変へとすすむこともあります。症状をどの程度無視してよいのか、どこで
調和をとるのかというのは、大きな課題であり、一概に言えない部分でしょう。

西洋医学的な薬がすでに入っているケースでは
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 西洋医学的な治療が大きく入り、症状の沈静化がそれなりに達成されている場
合は、その薬が入った状態で、その体は、平衡状態を保っているということです。


 自分自身の、リウマチ、膠原病の勢い
 薬に対抗する自分自身の反発する力
 薬自体が引き起こす症状(副作用)


人間の体は、薬自体に対しても、対抗しようと頑張ってしまっています。これは、個々の
患者さんそれぞれの、病情、薬に対する反応などにより事情が異なってくるとこ
ろです。


ここで、生命力をあげることだけを、単純にはかっては、症状を押さえてくれて
いる薬と正面から戦ってしまうことになってしまいます。これでは意味がありま
せん。

薬が押さえてくれている症状を先回りして沈静化させ、薬が不必要になる
ような状態を作り、だんだんと薬の総量を減らしても症状が出現しないという状
態を作り、生命力を引き上げてくということが、とても重要になっていきます。

 つまり、薬中心で取られていた平衡関係を、自分の生命力中心に保たれる平衡
関係へと移してくという発想なのです。ただし、薬中心で取られていた平衡関係
を一端崩していく過程で、症状がきつくなったり、不安定になったりする場合も
あり、どのようにすすめていくかは、個別具体的に語られる部分でしょう。

 一番大切なのは、丁寧にお体を拝見し、生命力を高めていくということを目
指しつつ、その過程で、大きな傾きとなることがないように、よく反応を見なが
ら、経過を応援していくということだと私は思います。

 自分の生命力を中心として調和がとれるように。そんな方向性をめざして、治
療をしていきたいと私は考えています。

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2005/11/07

『膠原病・リウマチは治る』(竹内勤著)という本を読みました。

『膠原病・リウマチは治る』(竹内勤著)という本を読みました。この本で竹内
先生は、とある免疫学の先生による、免疫に対する革命的な見解(;^^とされる本
の間違いを指摘され、膠原病やリウマチの基本的な考え方、いまの段階での西洋
医学的な治療のありようを示されています。

とある大学病院の膠原病リウマチセンターというところが出されている小雑誌を
みても、この竹内先生のご見解と同様な考え方をされていると思いました。

つまり、西洋医学的には、リウマチなどがキチント抑えられている状態になるよ
うに、しっかりと薬物投与を受け、関節破壊などが進まないように、薬物でしっ
かりコントロールすることが大事であるということです。

免疫の革命的な考え方の本の中で、膠原病は『病を笑いとばして』治すつもりで
ストレスを脱却する生き方をつかみとることが大切です、と紹介されています。
確かにそうだとは思うのですが、医療現場では、どの程度この考え方が通用する
のか、ううううーーんと思いました。健康法で笑いが大事、ストレスをためないっ
ていうのならばわかりますが、お医者さんが、それだけいっておしまい(;^^って
いうわけにはいかないんじゃないでしょうかねえ。


膠原病やリウマチの方の体験サイトを拝見すると、自分の症状でとても困り、ま
た、治療のための副作用で困りという状況の方が非常に多いのに驚きます。免疫
の革命的な考え方の本を読んで、私でさえ「これでならば」と一瞬思いました。
ですので、あちこちのサイトをみて、実際にどうやっていらっしゃる方がいるの
か、調べてみましたが、こういった身体自身の治癒力をもとに考えてく治療法を
実践している方のサイトには残念ながらたどり着きませんでした。

とくに、初期の段階ならば、いろいろな選択肢がありそうですが、薬が深く入る
と、かなり厳しい状況だなという感じですね。


私のところにいらしている患者さんで、慢性関節リウマチで、リューマトレック
スなどの投薬を受けながらも経過が非常に悪く、手術一歩手前という方で、劇的
に西洋薬と縁を切り、漢方薬と鍼灸のみで持ち直し、現在は関節の可動性がだん
だん取り戻しつつあるという状況の方がいらっしゃいます。

こういう体験をしていると、やはり自分自身の力を応援するということは大事な
んだと実感します。ただ、そのプロセスはかなりハードランディングでした。御
本人にとっても、薬をやめて、漢方と鍼灸にすればバンバンザイという状況が、
すぐにやってきたわけではありません。2年、3年たち、『この道できてよかっ
た!』と実感できる状況にやっとなってきたということろです。

目の前の症状に捕らわれるなということは簡単。でも、じゃあ今日の痛みはどう
するのか。その答えは、誰がだすのでしょうか。


さてさて、少しまとめたものを作りました。
前振りが長くなってしまったので、明日紹介させていただきますね。

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2005/11/03

『症状』ついて考えるーーその発想の違いから

いろいろ不快な症状があると、どうにかしなくっちゃ(=^_^;=)ということで、病
院にいこうかな、薬を飲もうかななどと考えますよね。

その『症状』をどう考えるのか?ということが、『どうするのか?』という答え
に対して、非常に重要な意味をもちます。

風邪をひいたときに、鼻水がでて、首筋が痛くて喉が痛いと。

この症状を、症状そのものを治さなければいけないと考えるのか、
身体が、風邪という状態を追い出すために戦っているのかと考えるのかで
当然対応はかわってきますよね。

東洋医学的な発想では、症状は、身体が、風邪という外邪を追い出そうとして頑
張っている状態(正邪の闘争)と考えています。

このように考えると、風邪と戦おうと頑張る身体を応援するのが、風邪を治そう
とするときに必要な発想だなとよくわかりますよね。風邪を引いたら寝るのが一
番とよくいわれますが、寝て腎気を中心に身体を養うことが、風邪に一番いいと
いうことが経験的にわかっているわけです。

症状に対しての発想の違いを具体的に考えてみると
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鼻水が出て、後頚部がこわばり、頭痛がするというときに、

 症状を中心に考えていくと、
        鼻水を止める薬、頭痛薬という発想になります。

 体の応援をするという発想ならば、
    胃腸の陽気を高めたり、腎の陽気を高めたりという発想になるわけです。


風邪を治す薬をみつけたら、ノーベル賞ものだとよく言われますが、これは風邪
を治すという事を非常に明確に物語っていると思います。

つまり症状を中心に考えることが、風邪を治すに直結しないということを物語っているのです。
風邪を治していくには、自分の生命力を高めることが肝要なのです。

ただ、『症状』自体が激しく、二次的な問題を強く起こしそうなときは、その症
状に対して、しっかりと対応することも大事だと思います。こういうことは、病
院でしてくれる治療の得意とするところだと思います。インフルエンザがきつく
て脳炎を起こしそうな状態なのに、身体の力で治せ!というのはあまりにも乱暴。
現代に生きる私たちには、有難い選択肢もあるわけですから、必要に応じて、そ
ういった対応をとることも必要なことですね。

風邪の季節ですね。

私だって、風邪をひくと、辛いのでジタバタとどうしよう、どうしようとあれこ
れ対応します(=^_^;=)。でも、自分自身の力を高めることが風邪の最良の治療薬
だあ~と念じて、あれこれを考えるようにしています(^^)。うふふ。


我が家の子供たちは、風邪を引くと、『鍼治療して~』といってきます。

とくに、お兄ちゃんはそうかな。時間がなければぱっと上背部だけでも、時間が
あればじっくり温灸などを取り入れて、風邪を引いた身体をナデナデしてあげま
す。ちゃんと経過すればいいので、見守るというところでしょうか?。

3年ほど前に、我が家にもインフルエンザがはやりました。私以外、みーんな高
熱に倒れましたが、これも、基本的に休養で経過しちゃいました。鍼灸したり漢
方薬を飲んだりしたのですが、病院にいかずじまい。私だって、状態が悪ければ
当然、西洋医学の恩恵を受けるために病院に子供をつれていきますが、症状自体
を、どうにかしなければいけない段階ではないと、判断したら、自力勝負でがん
ばってねえということで、病院にはいかないですませてしまいます。
(子供たちに言わせると、お母さんは面倒だから病院につれていかないんだろう
(;^^という噂なんですが)そーんなことはありません。インフルエンザとも自力
で戦えるしっかりした身体なんだから、自分で戦うのがいいのよって思ったのよ、
うふふ。

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2005/10/28

過去の症例を見直して

いま、HPをリニューアルしようと頑張っています(って、頑張っているのは主
に製作担当のお姉さまですが(;^^)。

その作業の中で、過去に書いた症例を見直しています。

私、だいぶ書いたのね~。
どの症例もとっても思い出深いものです。そのなかに、
角弓反張の弁証論治という症例があります。

その中の文章に
『医者から指示された牽引は症状を悪化させるので断る。
 何も治療は無かった
 が3週間の安静入院で少し痙攣の回数が減った感じはする。

 その後、全ての活動が出来なくなり、ただ寝ているだ
 けの絶望の中で、鍼灸治療に挑戦する。』


と、あります。

この患者さんは、非常にマメに日記をつけておられ、私が症例として書き上げる
ときに、その日記を資料として貸していただきました。

そしてこの一文をみつけ、ああ、こんな思いで、私のところにやってこられたのかと、胸に強く迫るものが
あり、そのまま載せました。

この方は、座ると、電撃様の痙攣が腰部に走るため、立ったままでお灸をしてい
ました。なんだか、懐かしいような感じです。日に日によくなられ、フルタイム
での仕事復帰までなしとげたのは、私の鍼灸治療のせいだけではなく、御本人の
覚悟をきめた、療養生活のたまものだと思っています。その覚悟は、このような
絶望の中で生まれたんだなあと、今更ながら思いました

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2005/10/25

つれられてくる方の場合

このところ、ご本人が治療をしてもらいたいという希望が
あるわけではなく(アセアセ)周りの人がご心配になって、
治療をしてもらったほうがいいんじゃないかということで、
連れてこられる方が続いています。

こういう方は、往々にして、ご本人は「治療は必要がない」と思っていらっしゃいます。周りの人のほうが、「心配だ、治療の必要があるのでは?」と思っていらっしゃる。

この場合、本当に、周りの方の取り越し苦労のケースと、
周りの方の心配道理、いま、この時点で、体のお手入れを
したほうがいいのではというケースにわかれます。

ご本人がもともと、治療の必要性を感じていらっしゃらないので、後者のケース(治療が必要と思われるケース)の
場合、話がやっかいです。

いろいろな症状や、おこっていることも、「そんなの普通」とか、「年のせいだから」とさっさと片付けてしまわれます。

人間にとって、あまり自分の細かいことを気にしないというのも、必要なことなのかとは思います。また、気持ちが前向きであるときに、体の不調は差して気にならないのでしょう。そういった方に、治療の必要性を説くのは非常に
困難です。

ただ、私は、私自身がお体を拝見して、ご本人が無頓着であるから、まあいいかとは思えないのです。周りの方の進めであっても、こうやって出会ったからには、なにかのご縁が
あったわけで、私にできることを誠実にさせていただくしかないと思っています。

こういうケースの場合、ご自身の体の状態に気がついてもら
うことが、通常のケースよりもとっても大変です。正直言って、むなしくなってしまう場合もあります。

でも、その方にとって、私に一言が、少しでも心の中に
残り、どういう形でもいいので、養生のきっかけになれば、私にとっては充分だと感じています。

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2005/10/23

病気と健康のシームレスな関係

病気と健康のシームレスな関係
治療院には、大抵の方が困った状態をどうにかしてほしくていらっしゃいます。

しかしながら、時に、ご家族から強く勧められてとか、ちょっとした怪我や痛みがきっかけで来院なさる方がいらっしゃいます。
たまたまのご縁で、私がお体を拝見することになった方です。

そういった方は、ご自身が、手を入れなければならないほど不調だとも思っていませんし、『自分は元気だ』と思っていることが多いです。

実際にお体を拝見すると、やはりご本人の思い道理、身体はしっかり充実しておりちょっとした外的要因によりトラブルが起こっているケースもあります。
こういった場合は、ちょこちょこっと手入れするだけで、元通りになりますし、またもうちょっといえば、ほおって置いても(^^;)ご自身の力で元に戻ることができます。

しかしながら、私が『うーーーーーーん』と強く唸ってしまうような身体をお持ちのケースも少なくありません。

とくに、家族に勧められてという場合、ご家族が心配して気になるほどの状態がやはりあるんですよね。そしてご本人には不調の自覚はないと。

こういう場合治療家としてはとっても困ってしまいます(^^;)。
ご本人は、問題なしと思っているのを、東洋医学的にみて、問題ありですよーと納得していただくのは、非常に難しいのです。西洋医学ならば、レントゲンや検査結果などが、誰の目にも分かる形ででますが、東洋医学で四診と為り、一般の方にとっては必ずしもわかりやすいものではありません。
そうすると、問題意識のない方になんとご本人に説明するのが一番いいのか、悩んでしまうのです。

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病気じゃなければ健康?

こういったケースの場合、ご本人にとっては、病気じゃないから健康だ!という思いがあるようです。

つまり、病気と健康がまったく相反する状態のようにお考えなのですね。

でも、本当は、病気と健康の間は相反する状態ではなく、シームレスに続く状態なのだと私は思っています。そしてあるきっかけにより、発病という状態になるだけです。病気が黒、健康は白とわかれるのではなく、白から薄いグレー、グレー、濃いグレー黒と段階をおっているのです。

養生や手入れが効果的なのは、このグレーの間です。ぜひここの段階で手入れをして欲しいと私は切に思います。そしてそういった段階でお体を拝見させていただくことになったのは、なにかのご縁、一緒に頑張っていきたいといつも思うのです。

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一病息災

身体の不調や弱さを自覚する人は、このグレーゾーンでも、手入れの必要を強く感じていらっしゃいます。ですので、手入れしましょうという提案にもすぐに乗っていただけます。

一病息災。このグレーゾーンでの手入れが上手くいくのはそういったことなのかなと思います。身体で苦労しているので、グレーから黒にしてはいけないんだということをわかっていらっしゃるのですよね。

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黒じゃなければ白

黒じゃなければ白だと信じ込んでいる方の、グレーがだいぶ濃い身体をみせられると、私はあせってしまいます。このままではちょっとしたことで発病に為る。でも、ご本人は、黒じゃないから白だと思い込んでいると・・・。

こういった人に、強く治療の必要を問いても、おうおうにしてむなしい結果になります。でも、拝見させていただいた人間の責任として、伝えなくてはいけないことは伝え、その後はご本人の判断にまかせます。

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発病というのは

発病というのは、白から黒への転換ではなく、限りなく濃かったグレーが黒になるだけだと私は思っています。ただ、このグレーであるのと、黒であるのは症状としては大違いです。なんらかのきっかけで発病というステップを越えてしまうと、黒からグレーに戻るのが非常に困難です。発病までいっていなければ、手入れも効果的にききますが、いったんそのハードルを越えてしまうと、戻るのが難しいケースが多いです。グレーのうちの手入れが大事なのはこういった理由です。

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グレーゾーンを見分けるには

人間ドックなどでよく異常なしと言われたけどというお話を聞きます。
西洋医学的には、病気という黒ではなければ、あとは白です。グレーゾーンの手入れという概念は、現在のところ、東洋医学や民間療法にゆだねられている部分です。

この部分を診るには、東洋医学的なしっかりとした四診に基づく見立てが必要だと私は感じています。

しっかりとした四診なしに、ただ、傲慢に『手入れが必要だ!』と言い放つのは、単なる治療家のおどしだったり、恐怖を使った新手の商売(^^;)だと私は思います。

でも、誠実にお体を拝見した結果、手入れが必要だというアドバイスには、耳を傾けていただければと思います。そしてそういった立場にあるものとしては日々研鑽し、勉強を重ね、少しでも正確にお体の状態を掴む努力をおこたってはいけないと私は感じています。

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ある方の思い

今日、ある疾患で療養中の患者さんと、四方山話をしていて、ご本人が『あのときに、腎臓に半年ごとに石が貯まっていたのも、今考えると病気の兆候だったし、あんなに胃が痛かったのもそうだ。もっとそのときに全体を考えればよかった』とお話されました。

確かに、そのときに私が拝見させていただけたらと思いました。しかしながら、旺盛な事業欲をお持ちのこの方の場合、その時点では耳を貸していただけなかったかもなどとも考えました。

そして、いまこのときにご縁があって、この方のお体を拝見させていただくことになったのですから、今私が出来る最大限のことをさせていただき、ご本人が少しでも気持ちよく生活していただけるようにお手伝いをさせていただければと私は思っています。

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2005/10/19

耳ツボダイエットと、普通の鍼灸治療との考え方

20代後半の患者さんが、
「耳ツボダイエットと、こういった鍼灸って違うんですか?」と質問なさいました。

この質問は、治療室でよく出る質問です(((((((;^^)

初診から数回たって、だいぶ身体の調子がよくなってきたので
余裕ができてきたようですね。気持ちに余裕がでると、自分自身が綺麗でいるこ
とにも興味がわいてきます。とってもいいことだと思います(^^)。女性にとって、
化粧やおしゃれに適度に関心があるというのは、どの年齢でも大事なことだと
私は思っています。

さてさて、耳ツボダイエットと、通常の鍼灸がどう違うかというお話。
いろいろな説はあるかと思いますが、私の思うところを書いてみますね。

耳ツボとういのは、身体の全身のツボを投影させておこなう
治療です。ダイエットが大々的に宣伝され、あたかもそれ
専用のように思いますが、先生によっては、腰痛や風邪などで
耳のツボを使う方もいらっしゃるほどです。別にダイエットに特化した
ものではないと私は考えています。

ですので、通常の鍼灸院では、わざわざ耳だけにしなくても、全身のツボを自由に
効果的に使うことが出来ます。そのほうが、患者さんもゆっくりリラックスして
治療をうけられるのではないでしょうか?。せっかくの鍼灸の機会。ただ、ツボに
鍼をさしているというだけではなく、気持ちも身体もリフレッシュするような治療で
ありたいと私は願っていますので、通常の鍼灸のスタイルをとっています。

私は、ただ単にダイエットだけを目標にした治療方針をたてることはしません。

その患者さんにとって、やせることが健康への道筋として、必要なことであれば、通常
の鍼灸をしていくなかで、対応していきます。充分に可能ですから相談してくださいね。
別段そのための料金なんていりません(当たり前ですけど)

ご質問をなさったかたは、ダイエットの話が出る前に、お体を拝見させていただき
治療方針を決めた時点で、体調を整えるために、間食をやめていただくこと、運動をしていただ
くことをお話していました。健康に元気になる道筋に必要なことなんです。
ですので、これだけで、たぶん充分に身体はすっきりしていくことが出来ると
思います。鍼灸もその方向性で力を発揮していますし、その上にご自身の前向きの
姿勢があれば、鬼に金棒(*^^)v

そしてダイエットの話がでたので、いまこうやって
鍼灸をしていると、貴方の場合はやせるという方向に
むかっているので、ちょっと工夫を足してあげることで、もっと目に見えて
身体がすっきりするよ、ダイエットをしたいならば、チャンスだよとお話しました。

具体的には、食事手帳をつけるようお願いしました。これだけ充分です。

専用のサプリメントなどいりませんし、特別な食事などもいりません。

身体の姿かたちというのは、ご自身のそのときどきの生活のあらわれです。

ですので、一定期間だけ特別なダイエット食や、ダイエット法をしてみても、
その期間が終われば元の木阿弥。そしてリバウンド。リバウンドするぐらいなら、
ダイエットなどしないほうがましだと私は思います。

生活そのものを、気持ちよく生命が喜ぶように変化させてあげることが
一番重要だと思うのです。その結果が姿かたちの変化だと思います。そして
そうやって得た姿かたちの変化には無理がないですから十分継続が可能でだと
私は思います。

ご質問をなさったかたは、耳ツボダイエットの相談に行ったら、耳ツボ以外にも
たくさんのダイエット食を買うように勧められて困ったと仰っていました。
私のところでは、通常に鍼灸をし(普通の鍼灸の料金ですよ!!)、身体の
調子が整うという経過の中で、結果として身体がやせてすっきりしたということが
よくあります。なんでダイエット食なんて必要なのか私にはわかりませんねえ。

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2005/10/18

3年で15キログラム減!

とある患者さんが、『ついに71キロになった(^^)』と
喜んでいました。

この方、40代後半の女性で、ずーっとまえから治療院に
いらしているかたです。私が運動してくださいねーと
長い間(^^;)お願いしていたのですが、なかなか実行できず
という状態でした。

それが3年前、ふとしたきっかけで、毎日1時間ほど
歩くことをはじめられました。同時に、なさったのは、夜
9時以降はなにも食べないこと。

このふたつで、3年で15キロの減量となりました。
また、この間、週に一度ほど、通常の鍼灸治療(別に
ダイエットを目的というのではなく、身体が健やかになるような健康管理的な鍼灸治療です)を受けていらっしゃいました。

身長が164センチ、もとの体重が86キロ、現在が
71キロ。

すごいなあって思うのが、食事の制限などや、食べ物に対する注意は、夜の9時以降食べないようにするだけで、他は
一切意識なしなんです。

体重、姿かたちというのは、今ある生活の結果なんですよね。
この患者さんは、その今ある生活を変えることで、姿が
体重減少という形でかわりました。ご自身も身体が軽くて
動きやすいと仰っていますが、そのとおりだと思います。
減量できたこともとってもよろこんでいます。

生活そのものが変化した結果なので、リバウンドもありません。いい感じですよ。

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2005/10/17

ダイエットしたいというのに(;^^

ダイエットしたいという人で、成功しそうもないな(=^_^;=)
って思う人からよく出る質問は

『何を食べたらいいですか?』

ふう(^^;)。ダイエットや減量というのは、その人の
今の生活が形になってあらわれたもの。
食べたい!という方向性や生活の形が変わらなければ
結果としての形はかわりません。

食べるんだというふうに、気持が向かっている間は
無理してダイエットなどと思わないほうがいいと私は
思います。そういった方は、短期間の我慢、解禁、
リバウンドとくり返します。リバウンドするぐらいなら
初めからやらない方が、心の健康にも体の健康にも
いいですよ。

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